
こんにちは。朝晩、涼しい秋風を感じるようになりました。中秋の名月も、もう間近です。
近年、お盆が終わると決まって体調を崩しておりましたが、今年は大丈夫のようです。それもそのはず。一日、境内を観察していますと、朝・昼・夕方と、それぞれたくさんの方がお見えになります。そして有難いことに、それぞれがご自分の気になる箇所を、セッセと掃除して下さっているのです。草を取って下さる方。クモの巣を取って下さる方。落ち葉を掃いて下さる方。長い長い石段を掃いて下さる方。また、本堂や観音堂の中を掃除して下さる方もあります。ほとんどが住職の不精進をご存知の地元の方々ばかりです。そのおかげ様で、小生、今年は熱中症にもならずに元気でおれる訳です。有難い反面、住職としての情け無さも勿論感じます。その都度、御礼を申し上げなくてはと思うのですが、中には御礼も言えず、失礼してしまっている場合もあります。(すみません。)
正確に覚えてはいませんが、高見順さんの小説の中に、「起承転々」というお話があります。
ある旅の僧が、今晩の一宿一飯(投宿)のお願いをしようと、ある古寺の門前に立っていました。そこへ村の古老がやってきて、
「ここは現在住職もいないし、幽霊が出るという噂もあるから、誰も近寄らないから、別のお寺に頼みなさい。」
と、旅の僧に告げます。しかし、旅の僧はそれを振り切って、荒れた境内へ入って行きました。
玄関先の囲炉裏で暖をとっておりますと、そこへ忽然として一人の老僧が現れました。老僧は火箸で灰に、何やら漢詩の二句を書いては消し、書いては消しして、ため息をついています。そこには
「寂寂たる寒山寺。 更に一箇の僧無し。」
(人気の無い、全く寂しい寒山寺。更に後継の僧も無し。)
と、書かれていました。坊守も無く、荒れ果てた寺の現状に、嘆き悲しむ老僧の姿がありました。後の二句をつけたくても、今後どうしていいかわからず、とうとう続きの二句を書けずにいて、ため息をついているのでした。
すると旅の僧がすかさず、続きの二句を書き足しました。
「風は空楼を掃う箒。 月は古殿の灯と成る。」
(時折吹く風が、誰もいない境内の落ち葉を掃ってくれるし、月が常住のともしびと成って、古寺を明るく照らしてくれるよ。)
これを見た老僧は、満足そうに微笑んで、どこかへ消えていきました。
これが「起承転々」の大まかなあらすじです。温泉寺もまともな坊主がおりません。しかし、地元の方達が風となり、月となってくれるおかげで、景観や古い建造物がきれいに 守られているのです。何より、みんなが温泉寺を心の拠所としている姿が、立派でありますし、この尊い心を、そこに住まわしていただいている坊主自身が汚すことのないように、謙虚でいなければならないと反省しています。(もう、どれだけ反省してもおいつきませんが・・・。)
今月は、境内に安置されてから150周年となるお稲荷様の再建落慶。そして11月の紅葉シーズンに向けた準備も始まっています。一人でも多くの方に、来て良かったと思ってもらえるような温泉寺でありたいと願っていますし、地元の方の熱意のおかげで、そう成り得ることを確信しています。

臨済宗妙心寺派・醫王霊山温泉寺
下呂温泉と共に歩んできたお寺の歴史について

温泉街を一望する高台に位置する温泉寺の境内
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下呂温泉 醫王霊山 温泉寺
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