温泉寺家紋
外国人に学ぶ

温泉寺の夏は、とても長いです。というより、住職だけがそう感じているだけなのかも知れませんが、長いだけではなく、内容もとても充実しています。

境内の庭木の剪定から始まり、8月は毎日早朝坐禅会、下呂温泉祭り(温泉感謝祭)、お盆行事をこなして、地元子供会の林間学校(1泊2日)が終わると一安心。ようやく落ち着きを取り戻しています。この文章を書いている今日も、1泊2日で地元中学校のバレーボール部の合宿が温泉寺で開催され、表では保護者の方が炊事の準備に追われているみたいです。とにかく、寺が賑やかなことは、とても良いことだと思います。葬儀や法要も大切なことですが、それ以外で寺が賑やかだと、まるで寺自体が生き生きとしているように感じます。それに、こんな山奥の古びた寺で寝泊まりして、翌朝はお勤め・坐禅・掃除をこなしてくれる子供たちにとっても、まあまあ良い経験になるのではないかと考えます。普段、寺という所は静かすぎるので、淋しがり屋の住職にとってもたいへん喜ばしいことであります。

それなりに充実していて、私自身も充分に楽しませてもらった夏でしたが、その中で特に印象深かったことは、外国人の方との坐禅や茶の湯体験でした。8月前半の早朝坐禅会は、観光客の中でも特に外国人の参加者が多かったです。金色の髪の毛で、明らかに外国人とわかる方もいれば、私たち日本人と同じ外見の方もみえました。後者はやはり中国・台湾、それから東南アジアの方たちです。それらの方とは、私自身「外国の方」だという認識をしていないまま、般若心経をお唱えし、坐禅の説明の後、静かに坐ります。私は少々お経文をお唱えする他、日本語以外に外国の言葉は一切話せません。(里の母親は一応、高校の英語教師でしたが・・・)ですから外国の方がみえても、「ここは日本だから!」ということで、日本語でしか対応しません。というか、対応できません。でも、坐禅は万国共通。言葉が通じなくても、一緒に坐ることができます。皆さん、私の動作をしっかり観察して姿勢を正し、坐禅をして下さいます。

また、8月6日には下呂市内の中学校の関係で、アメリカのペンサコーラという所から、中学生やその保護者の方が、30名ほどお越しになりました。日本の文化に触れていただくことを目的とし、坐禅や茶の湯を体験していただきました。地面に坐るということ自体が非日常的で、皆さんそれぞれに雰囲気を味わっていただけたのではないかと思います。抹茶もどこかでいただいてみえたらしいのですが、自分で抹茶をたてることは初めてだったようで、慣れない手つきで一生懸命抹茶をたて、お客様に丁寧に御出しすることができました。

坐禅にしろ、茶の湯にしろ、その心構えなどを丁寧に指導することは私にはできませんが、それでも充分外国の方たちは理解して下さっていると思うことが1つだけあります。

皆さん共通してご挨拶される時には、必ず合掌・手をあわせて下さいます。また、正座の時には必ず地面に額を当ててご挨拶下さいます。

その丁寧な作法に一瞬私はとまどいながら、「ここはお寺だから当たり前だな。」と納得するのですが、実は同時に、ただ頭を下げているだけの自分がいました。少し経ってようやく自分の不作法に気づくのです。

坐禅は「自分の心を拝むこと」。挨拶は「相手様の仏心を拝むこと」。禅寺ではそう説いています。茶の湯も同じことです。ところが、その禅寺の住職が一番できていないという事実を知りました。インドの常不軽菩薩は、生涯にわたって常に出会う方全てを拝み続けられました。仏像よりも何よりも、今生きている人たちの心に対して手を合わせ続けられたのです。

日本人同士ですと、或いは特に親しくさせていただいている方たちとは、ついつい横着になってしまっている自分がいますが、仏教徒である以上、そして曲がりなりにも一山の住職である以上、相手様の仏心を拝み続けることぐらいは、相手を問わず実践すべきことと、今さらですが改めて気付かせていただいた次第です。全く基本中の基本を、外国人に教わりました。



温泉寺とは

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