温泉寺家紋
雨の日の花

今日は1日中、雨が降っていました。雨が降ると、いつも思い出す詩があります。

高田敏子さんの「雨の日の花」という詩です。

雨が降っている。
花は咲いている。
花の上におちる雨。
悲しんでいるのは、雨だった。
花をよけて
雨は降ることが、できない。

温泉寺の裏、「楓月庭」のシャクナゲが、雨の降る中、可憐に花を咲かせています。自分がシャクナゲなら、どう思っているだろうか?逆に、自分が雨だったら、どう思っているのだろうか?と考えてしまいます。

きっと、私がシャクナゲなら「痛い!冷たい!雨は少しでいいから、早くやんでくれ!」と叫んでいます。

きっと、私が雨なら「我慢しろ!誰のおかげで生きてると思ってるんだ!」と上から目線で跳ね除けています。

高田さんの詩には、そのどちらでもない、温かさを感じることができます。悲しんでいるのは、雨だったなんて・・・。この視点の違いに、私は強い衝撃を受けたことを今でもよく覚えています。でも、私がシャクナゲなら、この雨の悲しみは理解できていませんでした。ずっと誤解していることでしょう。高田さんの詩は、更にこのように続きます。

花は咲いている。
雨のこころをいたわり、受け止めて
花びらに、雨のこころを光らせて
花は咲いている。

こうして花も、雨の悲しみを理解し、受け止めている。そしてお互いがその存在を認め合い、共存共生している姿は、とてもほほえましい光景だと思います。

考えてみると、私たち人間も、人と人との繋がりの中において、こうして生きていくべきだと思いますが、やはり片方どちらかが誤解してしまうと、たちまち信頼関係は崩れおちていきます。更にもう片方も誤解を生じることとなり、修復不可能な関係になりかねません。

実はこの私も、このような修復不可能な人間関係に陥ってしまったことがあります。しかも、温泉寺にとって非常に大切な方とです。歯車が合わなくなって約1年9ヶ月。この間は非常につらいものでした。相手の方が重い病気を患われ、ついにお会いすることもできなくなりました。しかし相手の方のご親族のご配慮で、先日、ご本人ではありませんでしたが、ご親族の方に、ご無礼とご迷惑に対する謝罪をすることができました。それで相手の方が納得されたとは思いませんし、私自身一生この苦い経験を背負って生きていかなければなりませんが、とにかくこちらは前を向いて歩んでいけるスタンスになったわけです。

だからこそ、高田敏子さんの「雨の日の花」は、私にとって忘れられない詩ですし、決して忘れてはならない詩です。もっと早く、この詩に出会っていれば・・・なんて、あとの祭りなんですけども・・・。



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