
こんにちは。明日から春のお彼岸(ひがん)です。下呂の方達は本当に熱心にお寺参りやお墓参りをされます。お彼岸ともなりますと、家族お揃いでお参りにおみえになります。お寺に居る者が感心しているのですから、信仰心の厚さはかなりのものです。ひょっとすると、こちらの方が「しっかりしなさいよ!」と、言われてしまいそうです・・・。朝早くお越しになる方もありますから、今まで怠けて朝6時についていた梵鐘も、ここらで5時30分ぐらいにしなければと思っています。
さて、温泉寺は最近卒業旅行の影響か、とにかく若いカップルや若い男女のグループで境内が賑やかです。いろいろと工夫をして本堂などにお参りしていただけるようにお勧めするのですが、中にはお帰りの際、
「それでこちらは何の神様をおまつりしてるんですか?」
という質問を受けることがあります。それどころか、ちゃんと「臨済宗妙心寺派、温泉寺」と書いてあるのに、「パンパン!」と手を鳴らしてお参りされる方もお見受けします。
「えーっ!! お寺なのに神様??」
と、ずっこけてしまいそうです。理由はそれぞれにあるかも知れませんが、なるほど、これが今の若い日本人の宗教観なんです。お寺だろうが、神社だろうが、関係ないんです。とにかく神仏どちらにしろ、お参りしたら何かいいことがあるかもしれない・・・という具合だと思います。非常に寛容的な気質の日本人だからこその発想で、それはそれでいいのかも知れませんが、明日からは折角の日本古来の伝統行事である「お彼岸」です。
「なるべく若い十代のカップルにでも理解していただけるような内容と文章で、お彼岸の紹介文を作り、境内に表示しろ!」
という難しい宿題を役員さんからいただきました。(涙)
という訳で、その紹介文の一部をここで紹介します。このお話は元妙心寺管長で、花園大学学長を長年お勤めになられました、故・山田無文老師のされましたお話です。
想像してみて下さい。大きなテーブルの上に和洋食・中華などのたくさんのご馳走が並んでいます。あなたは今、友達や近所の人達と共にそのテーブルを囲んでいます。そしてたくさん食べれるように、大きな大きなスプーンを与えられています。
でも、みんな手足を椅子にしばられていたら・・・。
自由に動かせれるのは、上半身と口だけです。
あなたなら、どうしますか?
地獄のようなお話ですねぇ。腹が減っているのに、ご馳走を目の前にして、手足がしばられているなんて・・・。折角の大きなスプーンも、役に立ちません。きっとイライラしますよねぇ。横にいる友達や、正面にいるご近所さんとも不仲になると思います。このように自分の苦しみから解放されず、自分のことだけを考えているのが、文字通り「地獄」の世界であります。
では、同じ状況なのに極楽の世界など存在するのでしょうか。まず、上半身を前に傾け、口を上手に使ってスプーンをくわえて、ご馳走をすくいます。そしてスプーンの先を前にやりますと、正面のお向かいさんの口に入ります。ご馳走をすくって横を向きますと、お隣さんの口に入ります。このように「どうぞ。」「どうぞ。」としているうちに、お向かいさんやお隣さんからもいただくことができます。肝心なのは、ゆくゆくは自分がして欲しいから、などという策略ではなく、ただひたすら「どうぞ。」と言える布施の心だと思います。こうしていくうちに、状況がどんなに悪くても、周りの方達と仲良く、力を合わせて生きていける極楽の世界が生まれるのです。
この極楽の世界でいる心を「お彼岸」というのだと思います。自分とお向かいさん、自分とご近所さん、自分と友達とが隔たりなく、 一つになる世界です。

臨済宗妙心寺派・醫王霊山温泉寺
下呂温泉と共に歩んできたお寺の歴史について

温泉街を一望する高台に位置する温泉寺の境内
敷地内の建物や場所のご案内
下呂温泉 醫王霊山 温泉寺
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