温泉寺茶話

温泉寺の宏観和尚が、日々の出来事や、ちょっとしたお話、法話などを綴っていきます。

お寺の品格  2008年2月25日更新

 相変わらずご無沙汰のブログであると、私自身確信しています。つい先日、あるお宅での法事の折、遠方からおみえになった親戚の方が、「いつも楽しみにしています。」とおっしゃってくれたので、ついついのせられる形での更新です。(笑)

 

 さて、私が下呂にまいりましてから来月でちょうど円6年が経ちますが、昨年来、急速に観光客の方に対する意識が温泉寺役員さん共々高まってまいりました。年々賑やかになる秋の紅葉ライトアップのおかげか、行政の方たちや観光協会、マスコミ、旅行代理店などの宣伝で、観光客の数が増えてまいりました。昨年8月頃から現在に至るまで、コンスタントにお参りに来て下さる大型バスツアーも2件あります。という訳で、紅葉の時期以外でも、来て下さったお客さんに喜んでもらえる工夫をしようという気運が高まったのです。その結果、本堂には誰にでもわかっていただけるような説明文(由緒・特筆すべき史実)を貼り出し、紅葉の写真を飾り、下呂古来の風習の健康祈願「大数珠まわし」の体験もできるようにしました。また、お隣の観音堂には、特に若い方たち向けにと、かつてテレビで放送された「まんが日本昔話」に登場した唯一の下呂の物語「さるやの石」を安置、紹介すると同時に願掛けをしてもらおうと、奉納石を用意して、更に遊び心で「恋みくじ」なども置いてみました。更に新緑や紅葉の美しい裏参道には、これまで無縁様として祀られていたお地蔵様などを十八体、裏参道脇にそれぞれ再安置して、散策がてらお参りしていただけるようになりました。そして境内のどこに何があるか、聞かれなくてもわかるように案内板を掲げました。

 

 そのおかげで現在は多くの観光客の方たちにも気楽に堂内に上がってもらえますし、お年寄りから若者までが、境内を散策して下さっています。私個人的にはとにかく「温泉寺へ来て良かった!」と思ってもらえたら良しな訳です。ただ、来て下さった方が本当にそう思って下さっているのかはわかりませんが・・・。

 

 こんな調子で気楽に考えておりました。観光の街的な考え方です。つまり、お寺に来て下さる観光客が対象な訳です。勿論、観光客の方に対してできる創意工夫はまだまだありますし、やらなければならない課題も山積みです。

 

 こうしたことを考え、実行していくことは、「観光寺」としての要素においては画期的であると思います。また、歴史や文化にも触れてはいるので、単に遊び心をくすぐる流行的なものでもなく、観光都市「下呂」の発信地としての役割も少しは果たしていると思っています。(言いすぎかも・・・。)

 

 しかし、一地区の皆さんの「菩提寺」としての要素は、十分に成しえているのか?と問われるとどうでしょう。例えばもうすぐ3月8日。この地区の皆さんで薬師如来をお祭りする薬師祭りの日です。昔(戦前)の写真を見ますと、近所の方たちが大勢お弁当を持ち寄って楽しく歓談する姿が見られます。また、桜の季節になりますと、境内の桜のもとでみんなが踊っています。大人も子供もたくさんいます。みんな笑っているんです。まだ当時のことを記憶されている方は多いと思います。そしてきっと普段の温泉寺の写真でしょうか。人の姿は全く無く、ひっそりと、それでいてどっしりと古風な本堂が悠然と建っています。写真1枚でその静けさ、風格が伝わってきます。論理的、合理的な解釈ではなく、言葉では表現できないような心地よさがそこにはあります。地元の方たちはもしかすると、その心地よいお寺の「品格」というものを愛したのではないか?その「品格」を心の拠所とし、誇りにしていたのではないか?「品格」というほどの建物や境内ではなかっただろうと想像しますが、その素朴な雰囲気に、長い間懐かしさを覚えていたのではないか?そしてまさに今、私自身が僅か6年のうちに、長い間守ってこられたお寺の「品格」を破壊しているのではないか?と、思ってしまいます。

 

 お寺の「品格」または「雰囲気」というものは、勿論地元の皆さんの寺ではありますが、そこに住んでいる坊主によって少なからず影響を受けるものだと思います。今は、日増しに観光客の方の姿が境内に増え、日中はいつでも賑やかな感じがしています。境内も華やかになった気がします。(俗っぽくなった気もします。)でも何とか地元の方達のための寺であり続けなければなりません。これまで湯之島の方達の寺としての「温泉寺」を長い間、歴代の住職方は守ってこられました。今年は当代から数えて先々代様の50年の法事の年です。ちょうど先程申し上げました写真の頃の「おっさま」です。現状をどのように見ておられるのでしょうか?

 

 ◎今回は「品格」という言葉を強く意識しました。一昨年出版された昭和女子大学の坂東眞理子先生の「女性の品格」。また、その前にベストセラーとなった新潮社から出版の、藤原正彦先生の「国家の品格」を意識したためです。共に考えさせられる 書籍です。


 

謹賀新年  2008年1月19日更新

 皆様、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。昨年より、私的な問題に直面し、なかなかこのHPも更新することができないでいました。ただ、相変わらずボチボチとした日暮しの中、スローペースにやりたいと思っております。

 

平成19年は、とても個人的にたいへんな年でした。お寺のこともままならず、地元の方にはたいへんなご迷惑をおかけしてしまいました。まるで暗闇の中に自分がいたような気がしますが、そんな中、明るい兆しを与えてくれたのが、秋の紅葉ライトアップでした。

 

住職の私が非常に不安定でいる中、実行委員会と称する地元のボランティアのメンバーも増え、更に市役所観光課の職員の皆様まで交通整理に加わって下さり、心から感謝しています。そのおかげで、10日間の期間中、4000人の方々に温泉寺の紅葉を楽しんでもらえることができました。事故もありませんでしたし、スタッフの情熱により、イベントも充実しました。5回目のライトアップでしたが、初めて念願の「足湯」も境内に設置でき、紅葉ライトアップと足湯の共演が実現しました。たくさんの方々に活け花や押し花絵の披露をしていただき、立派な展示ギャラリーもできました。3日間限定でしたが、お茶席も賑わいました。また、地元青年団「若宮会」の皆様には、「もみじ横丁」と銘打ち、中央駐車場にて炊き出しをして、このライトアップを盛り上げて下さいました。3夜連続のコンサートも、おかげさまで大盛況でした。それぞれのアーティストの皆様には、遠い所から足を運んでいただき、ライトアップに更なる花を添えていただきました。萩原町の尺八の今井さん、古川町の雅楽団・風雅さん、埼玉県のギターリスト・榎本さん、本当に有難うございました。また、ライトアップ終了後には、たくさんの御礼のお手紙やメールをいただきましたし、その上立派なお写真を下さった方がおられます。厚く御礼申し上げます。そして、来場者の皆様、この行事を支えて下さった多くのスタッフの皆様、寒い時期なのに本当に感謝しています。この行事に触れて下さった誰よりも、当時不安定だった私が恐らく一番勇気づけられたのではないかと思います。何しろ全てにおいて一人ひとりのボランティア精神の賜物だからです。入場無料の中にもかかわらず来場者の皆様には浄財をいただいたり、スタッフの方には貴重な時間と労力をいただいたり・・・。私は何にもせずにいて、このイベントは大盛況を極めました。しっかりしなければならないなと、つくづく感じました。

 

紅葉の色は、昼は昼の色があり、夜は夜の色があり、そのままの姿を私たちに披露してくれます。勿論どちらも綺麗です。それぞれの姿を素直に見せてくれるもみじの木。もみじは自分でどちらの色を見てほしいと思っているのでしょうか?またはどちらが真実の自分だと思っているのでしょうか?そんなことを思っているうちに、私は自分の色を主張しすぎたために、自分で自分を苦しめていることを感じます。不安定になった原因はそこにあります。

 

「こころの色」  谷川俊太郎

 

私が何を思ってきたか

それが今の私をつくっている。

あなたが何を考えてきたか

それが今のあなたそのもの。

世界はみんなの心で決まる。

世界はみんなの心で変わる。

赤ん坊の心は白紙。

大きくなると色にそまる。

私の心はどんな色?

きれいな色に心をそめたい。

きれいな色ならきっと幸せ。

すきとおっていればもっと幸せ。

 

 

もみじの木は、すきとおっているから昼も夜もきれいなんだなと、思ってしまいます。今は勿論葉っぱも落ちて、真っ裸です。殺風景だなと思う今の季節でも、何だか真っ裸のもみじはきれいです。素直にありのままを見せてくれていますから。格好悪くても、苦しい時は苦しいなりに、悲しい時は悲しいなりに、おかげさまで体は丈夫!今年も1年頑張ります。


 

お詫びのご挨拶  2007年10月5日更新

 こんにちは。たいへん久しぶりの更新です。実は去る5月にパソコンの調子が悪くなり、初期化したところ、更新画面のパスワードが消えてしまい、以来当HPをかまえずにおりました。全くドンくさい話です。

 毎月楽しみにして下さっていた大阪の方、お元気ですか?奇しくも更新できるようになった今日が、確か貴方の誕生日です。おめでとうございます。我が禅寺においては初祖とされる達磨さんの命日ということで、10月5日の誕生日をよく覚えています。
 という訳で、本日は簡単に達磨さんを紹介します。よく願掛けやお祝いの場に登場するダルマさんですが、この方は実在の方で、お釈迦様から数えて28代目、インドから中国に禅を伝えられた方です。少林寺拳法でお馴染みの、中国は嵩山・少林寺で9年間、ひたすら坐禅に没頭された方です。

 この達磨さん。インドから艱難辛苦の船旅で、ようやく中国(広州)へ上陸なさった時に、面白いエピソードがございます。
 当時、中国には梁という国があり、そこにたいへんな仏教信者の武帝という王様がいました。とにかく仏の教えを守り、また勉強して、僧侶を厚く敬い、お寺も数多く建立しました。国民にも非常な慈悲心で接し、信頼も厚く、皆からは仏心天子と呼ばれておりました。
 中国に上陸した達磨さんは、早速この武帝に招かれました。武帝はインドの高僧達磨さんに尋ねます。

「私は、こんなに仏の教えを守り、この国をついに仏教国にしたが、果たしてどれぐらいの功徳があるでしょうか?」
達磨さん。「無功徳!」

思わず耳を疑った武帝は続けて尋ねます。

「でも、僧侶を大切にして、施しもしているし、お寺も随分建立しました。それでも功徳は無いのですか?」

達磨さん。「無功徳!」

さすがに腹を立てた武帝は更に尋ねます。

「では、仏教の根本の教えは何か!」

達磨さん。「廓然無聖!(からっと晴れた空みたいなものだ)」

すっかり訳のわからなくなった武帝は最後に尋ねます。

「私の目の前にいる貴方はいったい誰だ?」

達磨さん。「不識!(知らん)」

武帝はとうとう達磨さんとの問答を諦めてしまいます。この後、達磨さんは嵩山に向かい、少林寺で9年間、じっと坐禅三昧に入られました。

 さて、私が達磨さんだったらどうしていたでしょう。素晴らしい高僧であるという前評判で、武帝に招かれていたら・・・。きっと武帝の質問に対して、武帝を持ち上げるような返答をして、(絶対に無功徳なんて言いません・・・。)武帝に気を使いながらお話して、地位と名誉を得たに違いありません。

 いちいち説明しなくても、達磨さんの境涯をおわかりいただけると思います。「あーしてやった、こーしてやった。」などという恩着せがましい親切は、本当の親切ではないし、もともと達磨さんの心中は、言葉通り、からっとした秋空のようなもので、地位だの名誉だの、仏教ですらこだわらない方であったと推測します。でなければ、少林寺に9年も篭もったりしませんよね。

 少林寺に篭もった達磨さんは、中国僧に変人扱いされていましたが、ひたすら壁に向かって坐禅している、その微動だにしない背中を見て、だんだん尊敬される存在となっていきました。華やかに世へ出ることはついにありませんでしたが、その法灯は現在日本にまで続いています。当時の中国では、達磨さんのように、体験で以って心を養うことより、経文や戒律の研究を重要とする教相家・律僧のほうが世の中では主流であったため、達磨さんはそれらの人達から恨みを受け、毒殺されてしまいます。

 しかし、先ほどの梁の武帝は、晩年、達磨さんの本心を悟り、再度面会を望みました。残念なことに、達磨さんは既に亡くなっており、その願いは叶わなかったそうです。

 何物にもとらわれず、こだわらず、というのは難しいですね。「こだわるな!」という言葉についついこだわってしまいそうです。スカッと、カラッとした秋空。どんな雲でも受け入れ、来ても良し、去っても良し。風が吹いても、雨が降っても、隠れているだけで、いつでもその正体は青空です。私達の心の中も、本来は青空であるというのが、達磨さんの禅であります。

「眼にて云う」   宮沢賢治

だめでしょう。
とまりませんな。
がぶがぶ湧いているのですからな。
ゆうべからねむらず血も
出続けるもんですから。
そこらは青く しんしんとして
どうも間もなく死にそうです。
けれどもなんと いい風でしょう。

中略

あなたの方から見たら ずいぶん 
さんたんたる景色でしょうが、
わたくしから 見えるのは
やっぱりきれいな青空と
透き通った風ばかりです。



 


 

変な話  2007年4月17日更新

 本日4月17日、予想通り温泉寺の桜が散り始めました。春の慶びを一番感じさせてくれる桜。今年から地元有志の皆さんと、温泉寺石段下の地蔵堂の桜をライトアップして、地元の皆さんをはじめ、観光客の皆さんにも愛でていただき、また自分自身もそのおかげでおいしいお酒を2回味わいました。特別何か催しをすることもありませんでしたが、ただ桜を目の前にしていただく一杯は、非常に幸せな気分にしてくれました。

 その桜の花とも、来年までお別れです。何だか寂しい気持ちになります。こんな時、良寛和尚の辞世の句を思い出します。

 形見とて  何を残さん  春は花
          夏ほととぎす  秋はもみじ葉

形見など、何を残すというのだ。例えば春に咲く花。夏のホトトギス、秋の紅葉。更にそれ以外の動植物たちの命そのものと、私の命と寸分違わない。その場その場に生きているものが、常に私自身なんだよ。

という感じでしょうか。寂しそうな句の中に、非常に大きな生命のエネルギーが隠されています。「万物と我と同根」そして「一如」「自他不二」の世界であります。私の故郷・出雲が生んだ陶芸家の一人、河井寛次郎さんは「花をみている。花もみている。」と表現されました。自分が花になり、花が自分になるという世界です。

 先日、近所の小学生が私に質問しました。

「人を殺すことは悪いことだけど、アリを殺すことはどうなの?いいの?悪いの?」

と。確かに人を殺すことはたいへんな重罪です。当たり前です。しかし私達に直接危害すら与えないアリを1匹、殺すことはどうなのか?それをいきなり聞かれて、びっくりしましたが、その子は非常にいい質問をしてくれたと思います。アリを殺すことは、人間社会における勝手な法律の中では処罰されませんが、この宇宙全体の生命の営みの中ではどうなのか?という部分を充分感じてくれているのです。私はとりあえず、
「小さな体で一生懸命働いているアリを、訳もなく殺すことは良くないんじゃないかい?」
と、答えました。するとまた質問。

「じゃあ、人間を刺す蚊はどうなの?ハエは?」

こうなると、人間の身勝手さを聞かせるしかありません。私はまたもやとりあえず外村繁さん(とのむら しげる)さんの話を、うる覚えでしたが聞かせました。

外村さんは近江商人の三男として生まれました。中学時代、叔父さんの家に下宿をしていたのですが、そのかわり、毎朝カエルをたくさん捕まえてくることを命じられました。叔父さんはヘビが大好きで、飼っているヘビに外村さんが捕まえてきたカエルを毎朝食べさせるのです。外村さんは、カエルが可哀想で仕方なく、カエルをヘビに与えることをやめるよう叔父さんに懇願しました。すると叔父さんが答えます。

「お前だって動物の肉や魚を食べているではないか。ヘビだってカエルを食べなきゃ死んでしまうんだぞ。」

と。そこで外村さんは、肉や魚を食べるのをやめると誓いました。するとまた叔父さんが答えます。

「お前は肉や魚にしか命が無いと思っているだろうが、お前が食べる米や野菜にでも皆、平等に命があるんだぞ。」

と。当時外村さんは、その言葉が叔父さんの屁理屈だと、暫く反抗したそうですが、後になって考えてみると、全くその通りだと納得されたとのことです。

 他の命をいたわる優しい心と、それと全く同じ命を持つものを食べなければ生きていけない現実との葛藤です。私に質問してくれた小学生も、同じ葛藤をしていると思いました。

 私達は勝手に、可愛いもの・可愛くないもの。食べるもの・食べないもの。見るもの・見ないもの。好きなもの・嫌いなもの。綺麗なもの・汚いもの。などと区別して生きています。ですが、この目に見える全てのものは、皆同じ命を共有しているものであります。そしてかなりの数の命を犠牲にして、私達は生きていけるのです。数限りない命の犠牲の上に、私達の命の保証がある訳ですから、生かされているという表現の方がいいですよね。全てのものに対して、感謝せずにはいられなくなります。

  そうなると、今度はいろいろな命に対して、惜しみなく自分自身を投げ出すことができます。これが愛情=慈悲であり、そのものになりきる一如の世界が広がるのではないでしょうか?良寛さんが春の花、夏のほととぎす、秋のもみじが自分自身であるとおっしゃった世界です。

 今回はかなり理屈っぽくなりました。そしてクドイ文章になりました。ここだけの話ですが、このページは更新するたびに、一応家内に読んでもらって、読みやすいかどうか指摘してもらいます。私はまだまだ書き足したい気持ちもありますが、このあたりでやめておかないと、家内にこの文章を却下されますので、これで終わりにします。

 あ、それでさっきの小学生の蚊やハエの場合の質問の答え。まだ言ってませんでした。
「とりあえず『ごめんなさい』と言って叩くしかないね。」

と、私は答えました。他にもっと良い答え方があれば、教えて下さい。合掌。

 ハエ一つ 打っては南無阿弥陀仏かな
                    (小林一茶)


 

I  Love  下呂温泉!  2007年3月6日更新

 今月末で、温泉寺に来てまる五年が経ちます。その間、地元の皆さんの支えのおかげで逃げ出しもせずに居れたことは、言うまでもありません。感謝しています。

 学生時代を含め、足掛け九年いた京都時代に最もお世話になった妙心寺天授院の老師には、「ここにいた時間の倍の時間は、我慢せよ。」などと言われて下呂に送り込まれたわけですが、我慢どころか、あたかも以前から下呂にいたような図々しい自分の態度を反省しています。

 寄り道とお酒を好んだ風来坊・種田山頭火は、私の尊敬する僧侶の一人ですが、(尊敬できない部分もありますが・・・)最も尊敬する点は、いつでも人間的な純粋さを忘れなかったという点です。とりあえず表向きだけでも「一般的な坊主」を演出していれば、檀家制度の上に生活を保障された寺の住職として安穏と暮らせたはずなのに、どうしても自分の本心に嘘がつけず、放浪するしかない羽目になりました。家も金も食べる物も何も無い、そんなその日暮の中、絶対に手放さなかった物は、母親の位牌だったそうです。何だか忘れていたことを、思い出させてくれるような気がします。

 世の中で一番かわいいと思っている「自分」が、実は一番情けないものであると悟ったがために、心の中でもがき苦しんだ山頭火が出した結論は、
 「道は前にある。まっすぐに行こう。」
という答えでした。

 私も寄り道が大好きな人間ですが、自分が進むべき方向を忘れずに進みたいと思います。たまに方向を見失う場合もありますので、その都度ご注意いただきたいと存じます。今後とも温泉寺護持のため、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。

 

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